こんにちは 院長ヨメです

寒くなりました。雪も積もり道路もツルツル。11月なのに早すぎる!

昨日は午後から絵画の展覧会場で半日を過ごしました。


「酒井 芳元 水彩画展」
大通美術館で開催中です。
作家は私の兄です。

兄は個展をよく開催してますし、このブログをお読みのかたには説明不要の内輪ネタです。

父の代から同じ職業… 私は生まれた時から家の中は絵の具のニオイがしていて、小さい時から毎度毎度の個展会場の準備をするのを見ていました。 これがもう今でも延々と毎年繰り返されているのです。開催している当人より私のほうがもう50年もこういう感じだなー、と感じているのです。
父と兄が絵描きであるということで、会場で会うお客様には必ず聞かれるのは「妹さんは何を描かれてるの?」です。油彩か水彩か日本画かまたは版画とかイラストなどなのか?ということでしょうか。 この質問は何十年と続いています。初めてお会いするかたには100%聞かれています。 「私は何も描かないのです。絵は描けません。」と答えると「どうしてですか?この環境にあって!なぜ描かないのですか!?」と。
なぜ?と言われても明確な答えがないので… うーん…と迷っていると、数回にわたって「あ、あれですね!親への反発心!わかります!」と。
えーーー …違う違う…そんなのはないです。家族が絵を描いているのは私にとってはごく当たり前の日常。どこの家の親も絵は描くと思っていたくらいです。
描くにしても描かないにしても特別な理由はなく… ただどんな環境にあっても、絵を描くにはコツコツと訓練をしなくてはならず、それをしなかっただけのことではないでしょうか。コツコツ練習すればそれだけでできるというものでもないことにも子供の時から気づいていました。ちょっと不思議な感覚を持っている人が仕事として描いている…という感じかな?笑笑。

私も音楽家さんに会ったらお子さんはなんの楽器をやってるの?と必ず聞いてしまいますし、親御さんが音楽家さんで子供さんが楽器を全く弾かないと聞くと、なんで?どうして?それだけの環境で?やればいいじゃない!としつこく言ってしまいます。同じですね。
兄の作品展開催にあたっては、たくさんの生徒さんはじめいろいろなかたに大変お世話になっています。感謝申し上げます。
今年は私が病気をしたので、ギャラリーにいらしてくださる皆様から、生きててよかったぁ〜という言葉をいただきました。ご心配をおかけしました。


寒くて足元が滑るなか、お運びいただきましてありがとうございます。

こんにちは、院長ヨメですサキ

今朝起きたら札幌にもうっすらと雪が積もっていました。雪

とうとう来たか…という気持ちです。
今朝はブーツを出しました。

去年の11月18日は20年間一緒に暮らした我が家の愛猫みーこちゃんが亡くなった日です。猫
前回のブログでは父親の命日を忘れていたと書いたのですが、猫の命日は忘れていないという…猫

猫がいない生活にも慣れましたが、時々あのふわふわとした毛やぐにゃぐにゃしたお腹の感触、

冷たい鼻をクイッ クイッとおしつけてくる感じを懐かしく思い出しています。猫
20歳という長寿で健康で平和に過ごせたのは猫の一生としても幸せだったのかな。
人が食べるものはほとんど食べさせませんでしたが、好きなものは半熟卵、バターなど。

あと傷につける消毒薬マキロンのにおいが好きでした。

マキロンを使うとそこを舐めたがるのでやめさせるのに大変でした。猫


家に来た頃…猫

生後1ヶ月半くらい。



姪っ子ちゃん大好き。でも姪っ子は猫アレルギー…猫


たまにキレイに片付けするとキョロキョロ…あれ、いつもの部屋とちがうぞ。


亡くなる少し前もマンションベランダのエアコン室外機に登って伸び〜

そしてこちらは2016年11月19日の写真です。


今はこちら。





院長肩にしがみつくみーちゃん。きてい
天国で何してるかな。虹

こんにちは、院長ヨメですサキ

今日は雨風が強くて荒れているのに太陽が出ていて…変なお天気です。雨晴れゆう★

昨日、兄から連絡が来るまですっかり忘れていましたが11月10日は父の命日でした。
あれから9年も経ったんだね、と言われ、あっ、こんな時期だったっけ?と言う私…

普段父のことをまったく思い出さないわけではなく、特に晩年、癌にかかってからの闘病は

私がメインで治療方法の希望などを決めたり細かいことをしていましたから、思い出はたくさんあります。
癌で亡くなったとはいえ、84歳で最期ギリギリまで画家として絵を描いていました。絵絵

また新聞に連載するための文章も書いていました。
新聞に寄せるエッセイについては、父が書いた原稿を私が最初に読んで一緒に考えてみたりしました。新聞
また亡くなるまでお世話になった病院では先生やスタッフさんにとても親切にしていただいて、

亡くなる瞬間まで明るく看取ることができました。お願い

私は18歳からずっと実家を離れていましたから、大人になってから両親との関わりが

特別長くも深くもありませんでしたが、晩年はいろいろお世話ができたので、

亡くなってからの寂しさや後悔がなく命日も忘れて生きているのだと思います。
といってもそんなことじゃダメだというお叱りもあるかも…

命日にはせめて育ててくれた感謝をしなくてはいけないですね。
若かりし時の両親と私。父の展覧会会場にて。四葉のクローバー


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