こんにちは、院長ヨメですニコ

爽やかなはずの北海道の初夏ですが、今年はジメジメとした日が多いですね。

先日、小林麻央さんが亡くなられたというニュースが日本を、世界を駆け巡りました。
キラキラとした笑顔が素敵な女性が乳がんにより若くして亡くなられたのはとても残念です。
小林麻央さんはご自身の様子をブログで公開されていましたね。ブログ
病魔と強く闘い、本当に闘い抜いて旅立っていかれたことはもう私が書くまでもありません。


誰の胸にも大きく響く悲しいニュースでした。

ガンを患うことは他人事ではありません。

どなたにも身近にがん患者さんやかつて闘病されたかたがいると思います。
麻央さんのような若さではありませんが、私の両親もガンによってこの世を去っています。
私が40歳になってすぐに母に肺がんが見つかりました。

まるで健康体のようであったのに検診で見つかった時にはすでにステージ4の肺がん。

余命4ヶ月との宣告から1年3ヶ月後に亡くなりました。


父はそれから4年ほどで前立腺がんにより母のもとへ…
闘病については有名なかたであろうとなかろうと患者本人も家族もものすごく頑張るわけです。

「家族は第二の患者」と言われるようになりました。
患者さんが痛くて辛く苦しい思いをされるのはもちろん、そばでみている家族もまた不安でたまには絶望の淵に立ったような気分になります。
がん患者さんやその家族のこころのケアについて、専門家の書籍や記事などを今は簡単に読むことができます。
今回の小林麻央さんの闘病、海老蔵さんはじめご家族のがんばりや悲しみは、想像することしかできませんが、入院治療から在宅医療に切り替えて、さぞご家族も大変であったと思います。

十数年前、突然にガンが発覚した母の闘病がはじまって、私の意識も一変しました。
それまでは私自身にも家族にも病気、ガンというのはまるで遠いものでした。

ここに書くことは完全に私感です。ゆう★

麻央さんや海老蔵さんのブログを読んだ時、病気になった家族と過ごした私が経験したことの中でこれはよかった、でもこれはあまりやってはいけなかったな、ということを思い出していました。

母が最初に入院した病院では個室ではなく多床室でした。

当時はまだ今ほどは個室がたくさんある病院は少なかったのです。

闘病が長くなると良くも悪くもカーテン越しに同室のかたと親しく話すようになってきます。
私の母もそれなりに隣や向かいのベッドのかたといろんな話をしていました。

そのこと自体は悪くなく、おしゃべりが気晴らしにもなっていました。
しばらくすると「共に闘う仲間」のような雰囲気にもなってきます。

病室が運命共同体のような感じになる…これはあまりよいことではありませんでした。
同じような肺がんを患っているかたが同室にいて、元気になって退院されるかたもいますが、残念ながら亡くなられてしまうかたもいます。
母は向かいの○○さんが今朝亡くなったらしいよ、などと私が病室に行くとボソッと言ったりしていました。
そんな時はとても落ち込みます。

同室のかたとは24時間を過ごし、お互いが不安な時を共にします。
小さな情報に過敏になり、お医者さんや看護師さんのおっしゃることよりもむしろ「闘病仲間」の話を信じてしまうような時もありました。
一生懸命に治療やケアをしてくださる専門家のかたたちはあまりに多忙ですから患者さん一人一人と長い時間お話することは不可能です。
するとカーテン越しの闘病仲間から、「さっきの話ね、私はね… 」という補足があったりします。
時にはそれに励まされ、また場合によっては惑わされてしまう時も…。
多床室は不安な時に人の気配があって寂しくないという利点もありましたが、

病にきちんと向き合う時には、ちょっとしたお付き合いのコツが必要になると思います。

父は入院先の個室で、高齢ながらも仕事を続けて、当時、定期的に新聞に寄せていたエッセイを書いて、締め切りに追われたりもしました。

家族とともに落ちついた看取りができました。
母と父の闘病時、また叔母が血液のガンになった時に、我が家の場合は 闘病する患者を「アスリート」、

支える家族親戚が「応援隊」としてともに試合に挑む…ような感覚でした。汗
ここでの試合の勝敗は命の長さでも完治だけでもありません。
この試合に勝ち負けはないのです…。

治療中、まずは素人ながらもできるだけ正しい知識をもって、お医者さんとはスムーズなやりとりをする、

心折れずにうまく試合を運ばせるように応援隊もよいタイミングで声をかけ、水を差し出すという感じでしょうか。
まさに何かの試合のような感じでした。
応援隊長は私が務めることが多かったです。隊長は考えをなるべくぶらさないで信念を持つようにします。 お医者さんと患者、応援隊みんなの間に入って考え方をまとめたりもします。
アスリートのやる気がなくならないようにいろいろ考えてみる日々でした。
比べるような世界にいるかたではありませんが……
小林麻央さん、海老蔵さんのご家族の内情を本当に知ることはできません。
テレビやブログから察するにはまさにすごいアスリートであった麻央さんです。
激しい闘いに最後まで強い気持ちで頑張りました。応援隊長はやはり海老蔵さんだったのでしょう。
海老蔵さんのブログには自身が一生懸命に勉強して医療の知識を持ち、お医者さんとのやりとりを

何度もするというようなことが書かれていました。
もちろん麻央のお母さんもポワ〜ンと可愛いイメージだったお姉さんの麻耶さんも

皆さんが応援隊長の気持ちでいたのかもしれません。
可愛い子供たちの成長が一番の支えになっていたのでしょう。Docomo_kao19
麻央さんのブログで乳がん検診を受けるかたがものすごく増えたそうです。
麻央さん、長い闘いお疲れ様でした。

そして麻央さんの応援隊の皆様の頑張りにも頭が下がります。

今は悲しいだけのご家族もいつかきっとこの頑張った経験が深い絆に繋がると信じています。クローバークローバー

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